介護×演劇 その効果とは!?
「芸術」とはそれを創り出す表現者と、受け取る鑑賞者とが互いに影響を与え合い、そこに込められるメッセージを共有しようとする営みです。
古くより芸術の一分野を築き上げている「演劇」は、物語や思想を具現化し、また演じる事で観客に伝える活動に他なりません。今回は、そんな「演劇」を通して、介護業界に新しい風を吹き入れる劇団について、お話ししたいと思います。
俳優で介護福祉士
介護福祉士である菅原直樹さんは、劇作家・演出家の平田オリザさん主宰の劇団「青年団」出身の俳優で、多数の作品に出演していました。高校時代に認知症の祖母と暮らしていた菅原さんは結婚を機に、もともと興味を持っていた介護業界に入ります。特別養護老人ホームで働きだした菅原さんは、間もなく「介護と演劇の相性の良さ」に気付きます。
例えば高齢者のゆっくり歩く風格に感銘を受け、歩行姿にも壮大な演劇性を感じたのです。その後、引越し先である岡山県の特別養護老人ホームに就職した菅原さんは、介護と演劇を結び付けた活動として、劇団「『老いと演劇』OiBokkeShi」を旗揚げしたのです。
劇団「『老いと演劇』OiBokkeShi」
「『老いと演劇』OiBokkeShi(以下OiBokkeShi)」は2014年に設立されました。「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」というスローガンを掲げ、演劇と介護相互に作用する演目を、介護現場や劇場などで上演しています。「老い・ボケ・死」を意味している「OiBokkeShi」は、これらの道程と向き合う事により、高齢者との関わり方を追求しているのです。
「OiBokkeShi」が開催するワークショップでは、高齢者や介護職員・地域住民などが参加し、介護を双方向より見据えるプログラムで構成されています。時には介護をする側とされる側を演じたり、また時には認知症の方と介護職員との問答を演じたりなど、具体的な場面を取り入れることにより、介護を直接的に体感できる内容となっています。
認知症徘徊演劇
「OiBokkeShi」の記念すべき第一作目の演劇「よみちにひはくれない」は、街中を歩きながら演じ鑑賞するという、何ともユニークな街頭演劇でした。岡山県和気町の商店街を舞台に、俳優と観客が一体となって徘徊している認知症高齢者を捜すというこの演劇は、実際に自宅で認知症の妻を介護している俳優、岡田忠雄さん(当時88歳)の体験談がモチーフになっています。
演劇タイトルともなった岡田さんの口癖「よみちにひはくれない」とは、「夜道にはもう日が暮れる心配がない=焦らずゆっくり行こう」という意味。「2015年1月から飽きるまで、ゆるゆるロングラン公演」とされているため、現在も定期的に上演されています。
街頭演劇とは、そもそも劇場を離れて披露されるため、意図せぬ新しい観客を開拓できる試みです。「よみちにひはくれない」が商店街を闊歩する事が関心を引くことは目に見え、舞台と客席が一体となっている街頭演劇という手法は、出演者と観客と単なる通行人との境界線を曖昧にするため、それぞれが捜索人または徘徊人になり得る効果があるのではないでしょうか。
まとめ
現代美術における表現手法の1つとして、「インスタレーション」というものがあります。室内や屋外など、ある場所に作家の思想を創造し、空間全体を1つの作品として作り上げ体験させるという点において、「よみちにひはくれない」は同じジャンルの作品とも言えるでしょう。何よりも、「介護」と「現代芸術」を組み合わせたことは斬新を超えた衝撃で、「介護」の新たな切り口を公示しています。
「介護」とは生活そのものであり、「芸術」とは人生を彩るもの。どちらがなくても「生」は成り立たず、また各々が結び付くことで人は豊かになるのではないでしょうか。「介護」とは独立した分野として敬遠されがちですが、菅原さんのような前途を肯定的に捉えられる人を媒介者とできれば、他業界との融合も推進されていくことでしょう。