なぜ北欧には寝たきり高齢者がいないのか?
日常的に医療や介護を必要とせず、十分に自立した生活が送れる期間の事を「健康寿命」と言います。
「寿命」から「健康寿命」を差し引けば、医療や介護に頼る期間である「非健康寿命」が算出できます。この「非健康寿命」の平均ですが、実は福祉大国とされる北欧と日本とではほとんど同じで7〜8年となっています。
それではなぜ欧米、特にデンマークやスウェーデンなどの北欧では「寝たきり老人」がいないのでしょうか?今回はその基礎に迫りたいと思います。
「寝たきり」と「非健康寿命」の違い
公的機関による明確な情報定義はありませんが、一般的に「寝たきり」とは、恒常的にベッド上で寝ている状態を指します。
意識の有無に関わらず、自力でもヘルパー付きの介助をされても起き上がれない状態を「寝たきり」と言います。また、自力では起き上がれないが介助されれば起き上がれ、椅子などに座れる状態、つまり支援があれば日常生活を送れる状態を「準寝たきり」と言います。厚労省によると、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる2025年にはそれらの人数は230万人に及ぶと発表されています。
先ほども述べたように「非健康寿命」とは、日常的に病院に通ったり医療や介護を必要とする期間です。週3回の透析治療に通っていたり、慢性的な疾患や障害により常に治療や介護が必要なケース、認知症、車椅子生活なども、この期間に含まれます。
つまり「非健康寿命」期間だからといって、最初から「寝たきり」であるとは限らず、現在の環境である程度自立した生活を送っている期間も加味されているということです。
尊厳の捉え方
それでは、先進国であり「非健康寿命」が日本のそれとさほど変わらない北欧で、なぜ寝たきりの高齢者がいない国家が実現したのでしょうか。
人間は誰しも年を重ね、老化し、衰弱し、最後にいずれ亡くなります。北欧では、その後半部分にあたる「非健康寿命」期間を「寝たきり」状態で過ごす人がいない、もしくは非常に少ないと言えます。
その理由の1つとして、人間が持つ「尊厳」という言葉の解釈や考え方の違いにあります。
「尊厳」とは、意味として個々が互いに「人間」として尊重し合う原理のことで、もちろん日本の介護保険法第1条にも「尊厳の保持」について謳われています。
ここでチェックポイントになるのが、「人間」というキーワードです。北欧では、食事の際、患者さんが自分の口から食べられなくなると、徹底的に噛む力を鍛えたり飲み込む訓練をしたり、一貫して口から摂取できるよう尽力します。
それでも改善の見込みが無い場合は、無理に栄養や水分を補給せず、経管栄養(胃ろうなど)は行いません。
点滴なども含め、チューブを通して栄養を直接胃に送り、生き長らえさせることはむしろ虐待であると認識されているのです。
終末期に近づくに連れ、食べられなくなるのは当たり前のこと。「人間」として自然に死を迎えることが、最期まで「尊厳」ある生命を全うすることだと考えられています。
医療・介護のシステム
日本と違い、北欧社会では義務教育を終える(16歳)と、そのほとんどは親元を離れて仕事をし、暮らします。親が老い、介護が必要になっても同居を再開することはなく、国民の介護は公務員として勤務している介護士が行います。
また最近では日本でも推奨されている在宅介護ですが、北欧など寝たきりのお年寄りがいない国ではこれが普通、基本となっています。
様々な介護関連サービスを利用したり、日に何度もヘルパーの訪問を要しても、在宅生活を継続するには寝たきりになる訳にはいきません。
こういった状況をあえて作り出すことにより、精神的にも意欲を保つ努力の原動力となっているのです。
ちなみにスウェーデンでは、高齢者の90%以上は自宅で暮らしていると言われていて、老後、本当の終末期にならないと施設に入所することはできません。
強い個人主義思想
いよいよ終末期となり施設での介護サービスや医師による医療行為を受けながらの生活が始まっても、そこで最も重んじられる一番の項目は個人の意思、充実です。
本人が望めば、1人で外出する事もアルコールを飲むことも可能です。
危険が大きく負担がかかる外出や散歩、健康を害する恐れがあるアルコール摂取を、どうして容認することができるのでしょうか。
それは偏に、各々が「自由」を尊重しているからでしょう。
そのため、個人の意思に沿うことであれば家族からコンセンサスが得られ、コンセンサスが得られれば事故が起きたり不健康になっても施設が責任を問われることはありません。
もっとも施設が責任を負うような仕組みでは、「自由」を尊重することはできないのかもしれません。
「安全」や「安心」や「長生き」よりも、「意思」や「自由」や「個人」が、北欧では尊ばれていると言えるでしょう。
まとめ
「地域包括ケアシステム」とは、住民として高齢者が住み慣れた地域や住宅での生活が継続できるよう、地域が一体的に指定サービスや社会保障を提供する体制のことで、政府が打ち出した少子高齢化対策の1つです。
そこでは医療と介護の連携も重要視されています。そもそも日本の介護は医療面からアプローチしがちで、積極的に延命のための治療や投薬を行っているように見えることがあります。
「医療」とはケガや病気を治すもので、「介護」とは自然に最期を迎える手助けです。
積極的に「医療」を行い、その時期が過ぎれば後は自由に死を待つ。このように北欧諸国の人々は、人生を最期まで潔く豊かに生きているのではないでしょうか。