介護を必要としている高齢者は、そのほとんどの方に何らかの認知症状が見られます。つまり、介護の仕事をしていく上で認知症に対する知識は不可欠であり、症状の現れ方に個人差がある認知症は個々の特性に他なりません。
今回はそんな認知症の側面を体験できるVR(バーチャル・リアリティ)に着目してみたいと思います。
現代の認知症と症状
内閣府が発表する高齢社会白書(高齢化の状況報告書)によると、2012年は認知症高齢者数が462万人と高齢者の約7人に1人(有病率15%)であったのに対し、2025年には700万人を突破し約5人に1人(有病率20%)になる可能性が示唆されています。少子高齢化が進み生産年齢人口が減少していき、国民の10人に1人が認知症になるのではとの懸念もあります。
認知症とは認知機能障害の一種で、脳の神経細胞が壊れることにより引き起こされます。神経細胞の損壊により直接出現する症状を「中核症状」と言い、直前の会話も忘れてしまう「記憶障害」、時間や場所が分からなくなる「見当識障害」、五感を活用して正しく状況を把握できない「失認」などがあります。また認知症の種類によっては幻覚や幻聴症状も見られます。
VR(バーチャル・リアリティ)とは
人間は目で見て耳で聞き、肌で触れることで様々な事象を知覚します。VR(バーチャル・リアリティ=仮想現実)とは、実際には存在しない環境をコンピュータによって創り出す技術のことで、また創り出された仮想世界を指します。VRにより、知覚する事象を人工的に創造できるようになり、その仮想世界に入り込む事でその世界を疑似体験できるようになりました。
具体的には、画面が内蔵されたゴーグルとヘッドフォンを使用します。その2つを装着することにより視覚と聴覚を外界を遮断し、視界は画面のみ、ヘッドフォンからの音のみを聞く環境になります。画面に映し出される映像は、頭部の動きに連動して変化します。例えば室内の映像を用いた場合、その部屋を見回すような動きをすると部屋中が見れ、まるで部屋の中に居るような錯覚を起こすという仕組みです。
VRで体験できること
今日の日本において、最新の技術であるVRを使って認知症の世界を体験できる取り組みが注目を浴びています。認知症の世界をVRで再現し、それを経験することで認知症への理解を呼びかける試みです。
場所は高層ビルの屋上。立っているだけでも足がすくむような状況で、「降りても大丈夫ですよ」と声が聞こえます。当然、「こんな高所から降りられるわけがない」と思い動けなくなってしまいますが、思い切って降りてみると僅かな段差であったことが分かります。実際は一段分の階段の前に立っていて、介助者が周りから声をかけているのです。
これはアルツハイマー型認知症の中核症状である失認、特に視覚で空間を認知できない「視空間失認」の体験するVRです。この異体験には、「なぜこんなに低い段差を怖がるのだろう」という介助者の疑問を、認知症の方が見ている景色を疑似体験することで、意識改革に繋がるという狙いがあります。
他にも、レビー小体型認知症の中核症状を体験できるVRもあります。この認知症の主な症状は、実際に無いものが見えてしまう幻視と、実際にあるものを違うものと見間違えてしまう錯視です。突然眼前に人が現れたり、置いてある物が人に見える状況をVRにより作り出し、その時の驚きと不安を体験することができます。
まとめ
中核症状に対し、それが引き金となり周囲の人との関わりの中で発生する症状を「周辺症状」と言います。別名「行動・心理症状」とも呼ばれ、具体的には「徘徊」や「妄想」で、介護者の負担になるのは中核症状よりも、むしろ周辺症状によるものが大きいとされています。
「認知症を疑似体験できるVR」は認知症理解に繋がるとともに、VR体験者を周りからサポートする事により、介護者の理解にも結び付く装置です。そしてこの話題となっている技術が、何よりも社会の高齢化に「関心」が向けられる、企図の1つになればと思います。